実 盛
● 能

 加賀・篠原で毎日説法をしている他阿弥上人は、なぜか説法の前にいつも独り言を言うので、篠原に住むもの達は皆それを不思議に思っていました。
実は、上人は一人の老人に説法していたのですが、老人の姿は上人以外のものには見えません。そう幽霊なのです・・・。
わけありげな老人の幽霊に上人は名前を名乗ってくれというと、老人は「斎藤実盛を知っているか?」と問い返してきました。そして上人が知っていると答えると、
「この篠原で戦いがあり、すぐ近くの池で髪や髭を洗われたため、今でも実盛の幽霊が出る・・・そして、それは自分だ」と語りました。

実盛の霊は
「200年あまりが過ぎたけれど、私は篠原の池のほとりで立ちさわぐ波のように、夜となく昼となく心の闇に迷い、  夢とも無く現とも無く、もの思いのみを残して、ここ篠原の草葉に置くような白頭の翁姿をさらしてしまう。
 この白髪の老人を咎めないで下さい。ほんの仮の出現だから。実盛の名も他のものには言わないで下さい。」
と言って消えてしまいました。

それを聞いて上人は従僧と実盛の供養をすることにしました。
再び現れた実盛の霊は鮮やかな錦の直垂に萌黄色の鎧。黄金作りの姿。まさに、実盛が討たれたときの姿でした。
実は「故郷に錦を飾る」ということわざにあるように、「生まれ故郷である加賀での戦だから」と宗盛に特別に願い出て 錦を着て合戦に望み、義仲と刺し違える覚悟だったのに、手塚太郎に討たれてしまい、それが無念でここにとどまり続けていたのだ
と思いを語るのでした。 「ああこれで成仏できる。ありがたいことだ…。」
そして実盛の霊は消えていきました。

初出/木曽義仲の基礎知識 別冊「古典芸能」

大変人気がある演目なのでしばしば公演されていますが、西はまだ未見です。

木曽義仲の基礎知識/kaori-nishikawa1996