一一五四 久寿元 義仲(幼名駒王丸)うまれる



一一五五久寿28/16
駒王丸の父義賢、大蔵館にて甥の義平の夜襲で殺され、駒王丸と母小枝は、斎藤実盛の助けをかりて信濃へ逃れる。
(長野県南佐久郡佐久町)
一一五六保元元(春)
中原兼遠の吉祖庄館へ (長野県木曽福島町)中原兼遠の子供達と共に育てられる事になる。
7/11
保元の乱起きる。平清盛台頭し始める。
一一五八保元三8/11
後白河法皇の院政始まる
一一五九平治元12/9
平治の乱起きる。平清盛、源義朝を倒す
一一六六仁安元駒王丸、京都の石清水八幡宮にて元服。義仲と名乗る
一一七六 鹿が谷事件(平家を倒す為の陰謀)起こる
一一七九治承三10/20
清盛法皇の院政を辞めさせ、幽閉する。
一一八〇治承四4/9
以仁王の平家追討の令旨が全国の源氏に向け 出される
5/26
以仁王、源頼政、平家に倒される
8/17
頼朝、伊豆で挙兵
9/6
義仲、市原の戦いで平家方の笠原頼直に勝つ
10/12
義仲、上野国(群馬県)多胡荘で、亡き父の家臣を味方に加える
10/20
武田(源)信義、富士川の合戦で平家を破る
一一八一治承五 閏2/4
平清盛64才で死ぬ
6/14
義仲、 越後(新潟県)の平氏,城助職を横田河原の合戦で破る
6/15
義仲、越後の国府(新潟県上越市)にはいる
一一八三寿永二 4/17
平維盛軍が義仲討伐に出発
4/27
義仲方の燧が城(福井県)陥落
5/9
般若野(富山県)の合戦 兼平平家軍を破る
5/11
倶利伽羅峠の合戦(富山・石川)
6/1
安宅・篠原(石川県)の合戦で平家軍壊滅
6/17
義仲の本隊蒲生野(滋賀県)へ
7/2
比叡山より義仲に味方するとの連絡受ける
7/25
平家の都落ち
7/28
義仲軍無血入京。平家追討の院宣受ける
8/11
義仲官位を受けるこのころ義仲が次期天皇の人選に口を出したため、後白河院との間が悪化
9/20
義仲軍平家追討のため山陽道へ
閏10/1
水島の戦いに敗れる
10/15
頼朝に関東・中部地方の支配を許可する 「10月宣旨」が出され、義仲と院の関係は最悪に
11/19
法住寺合戦、院の側近を倒し、義仲政権握る
一一八四寿永3年 1/15
義仲征夷大将軍に
1/18
宇治川の合戦義仲軍、義経らに敗れる
1/20
義仲・兼平粟津に死す
『まんが英雄木曽義仲』 年表参考