根井小弥太勢田合戦
●楯六郎 ●根井小弥太 ●今井兼平●樋口兼光

宇治川をはさんで義仲を討とうとする鎌倉方と根井・楯率いる義仲軍が向かい合っていました。
根井小弥太は垣楯から進み出て敵陣を見渡しながらそう言いました。そして敵陣に十四束を番えて射ました。
その矢は畠山氏が乗った馬を一騎射通しましたが、それ以外は当たりませんでした。

『十四束中一束しか当たらないとは…幸先が悪い事だ。ついに運も味方はしてくれぬのか。』

そんなつぶやきを残し、根井は垣楯の中に戻りました。

寿永三年正月十三日…義仲を討とうとする義経・範頼率いる鎌倉方の軍勢は京にせまり、
四天王はそれぞれ兵を率いて戦いに赴いていました。根井と対戦したのは畠山等の軍勢でした。
しばらく川を挟んでの睨み合いが続いていましたが、畠山方が川を渡って、どんどん押し寄せてきました。
根井方は矢の雨を降らせます。しかしそれをかいくぐって、一騎、また一騎、と岸にたどり着くと、太刀を抜いて襲いかかってきます。
その勢いに根井方は、いつしか押されていました。
根井は矢も射つくしてしまい、太刀で応戦しながらも、体制を立て直すために後退しようとしました。
その時です。鎌倉方から声が聞こえてきました。

「この軍を率いる大将なら敵に後ろを見せるな!さあ戻って我々と一戦交えろ!」

振り返って見ると、二人の武士が向ってきます。この言葉が根井の心に火をつけました。

「この太刀では一人しか相手にできないな。ではこうしよう!」

根井はくわっと目を見開き、左右の手をばっと広げました。二人を一度に捕らえようというのです。
武士たちは待っていましたとばかりに飛び込んできましたが、根井の怪力に、捕えられてしまいました。
二人を脇に締めながら、根井は右手がわの武士の上帯を片手でつかんで持ち上げました。

「落ちろ!」

そう叫ぶと、根井は深田に向けて武士を放り投げました。その武将は鎧の重さでずぶずぶと沈んでいきます。

「うわあぁ!」

悲鳴を上げたのは左手がわの武士でした。その声を無視して、根井は空いた右手をそえて前後の上帯をつかんで持ち上げます。

「ひいいっ!」

「情けない事だな。無駄だ!」

投げられないように馬にすがりつく武士を一瞥し、根井は馬ごと深田に投げ込みました。

「なんて事だ…」

戦いの音が一瞬止み、そこにいた者、すべての目が根井に注がれ、その姿はまるで鬼のように映りました。
鎌倉方は言いようのない恐怖を感じ、動けなくなってしまいました。

「こいつらに続く者はいないのか?木曽四天王と呼ばれた、この根井小弥太の首を取ろうと言う 者は。」

根井は地に響くような抑えた声でそう言うと、辺りを見回しました。敵はもちろん味方さえも、誰一人その場を動けませんでした。

「では私は都に戻り木曾殿と合流する」

そう言い放つと、根井はどこへか馬を駆け出させました。義仲との再会のために。

初出/木曽義仲の基礎知識武将編U「木曽四天王」1997.12

木曽義仲の基礎知識/kaori-nishikawa1996