楯六郎横田河原合戦
●楯六郎●根井小弥太 ●今井兼平●樋口兼光


治承五年(一一八一)六月十日・・・越後国の平氏・城助職が義仲を討つためにやってくるとの情報がもたらされました。
義仲は前の年に兵を挙げていましたが、大軍を相手にするのは初めてです。 義仲は、まず海野家の領地・白鳥河原に、自分に味方する信濃各地の武士達や上野国の武士達を集めました。

「これが私たちの初陣になる。決して負けるわけにはいかない。
是非みんなで知恵を出し合って戦いたいと思うが。どうだろう。」

義仲は四天王や、戦いのために集まってきた豪族たちに意見を求めました。

普段なら勢いよく声を上げる根井は『知恵』という言葉が引っかかるのか、眉間にしわを寄せ、口をとがらせて、珍しく考えている様子です。

樋口は『他の武将たちに遠慮無く意見を出してもらうには、自分が最初に発言するのはやめた方がいい』と考えているのか黙っています。

今井はいつものように、クールに武将たちの様子を観察していて、自分は発言しようとはしません。

覚明は何やらさらさらと書き散らしています。

豪族たちは顔を揃えたの初めてですから、なおさら様子を伺うように押し黙っています。


「とりあえず、敵の様子を知らなくては作戦が立てられないのでは?」


若い声がしました。その声の主は楯六郎でした。後に木曽四天王の一角として名を知られるようになる楯ですが、この時はまだ二十歳になったばかりの青年でした。


「たしかにそうだな六郎。ではどうする?」

「私が偵察に行ってまいります。何人かの手勢で十分ですから。」


義仲は少し考えて、

「海野でだれか地理に明るい者を手勢に整えてくれ」

と指示しました。



楯六郎は乗り換え用の馬を連れた手勢を連れて、白鳥河原から千曲川に沿って塩尻まで行き、盆地を広く見渡せる高台に登りました。

「なんて事だ…。」

思わず声が漏れました。恐ろしい事に横田・篠ノ井・石川の方から煙が上がっています。城氏の軍勢によって焼き払われているのです。
楯は手勢に


「今すぐ白鳥河原に戻り、義仲様にこの状況を伝えるのだ!」


と命じました。


「関係の無い人々まで、火で追って傷つけるとは…戦いとはこんなに残酷なものなのか。」

楯はむなしい気持ちでとぼとぼと馬を歩かせていました。その時、八幡神社が目に入りました。


『八幡神社は源氏の氏神…義仲様に力を貸してくれるかもしれない…。』



そのころ、義仲の元には楯の手勢が戦の状況を伝えていました。もう辺りは夕闇に包まれていました。


「まさかそんなことになっていようとは…。よし。ここは私自ら出陣し、被害を食い止めよう!」


義仲はそう言って、自ら闇夜の中、馬を走らせました。



楯は八幡神社で必死に「義仲様が勝ちますように」と祈りを捧げ続けていました。

そして空の色も変わるころ、背後に人の気配を感じ、振り返りました。


「…義仲様!まさか夜を徹して駆けていらっしゃったのですか?」


義仲はにこっと微笑んで、

「私もいっしょに祈らせてくれ。」


とだけ言うと、楯の隣りにひざをついて八幡神社に祈りを捧げました。

どのくらいの時間が経ったでしょうか。背後から朝の光がまぶしいほどに輝いていました。


「さあ、今日こそ我々の初陣だ」

「はい義仲様!」

六月十四日、千曲川に沿ってやってくる城軍を横田河原で迎え撃ち、戦が始まりました。

八幡神社の御加護があったのでしょう。圧倒的な数を誇る城軍を、義仲軍は奇襲作戦で打ち倒しました。



初出/木曽義仲の基礎知識武将編U「木曽四天王」1997.12
写真提供/西川義昭

木曽義仲の基礎知識/kaori-nishikawa1996