ひらがな盛衰記
● 歌舞伎・文楽

逆櫓

摂津福島の船頭権四郎は、夫を亡くし悲しみに暮れる娘・およしと、孫・槌松を連れて巡礼の旅に出た。そのさなか宿で孫と同じ年頃の子供を連れた女二人連れに出会う。それは木曽義仲の妻・山吹御前とその腰元お筆。子供は義仲のわすれがたみ・駒若丸だった。
何も知らない権四郎親子が、二人と言葉を交わしていると、いきなりそこに梶原景時の家来が駒若丸の命を狙って襲ってきた。夜の闇に紛れて権四郎親子は逃げ出すが、気づいてみれば連れてきたのは自分の孫ではなく、駒若丸の方だった。

権四郎はそのまま娘を連れて家に帰り、駒若丸を孫のかわりに育てていた。いつか山吹とお筆が槌松を連れて来てくれることを信じて。娘には新たな夫・松右衛門を迎え、権四郎一家は一見幸せそうに見えた。
松右衛門は権四郎に教えられて船頭の技「逆櫓」を体得し、その事から、来るべき平家との合戦では、義経の元で技を振るうことになった。その事を聞いて一家は喜びに沸いていた。
そこにあのお筆がやってきた。しかし、槌松はいない。権四郎が問いただすと、「槌松は駒若丸の身代わりとなって殺された」と言って、形見の産着を差し出した。
権四郎は怒って、「この子は孫の仇…この手で殺してやる」と駒若丸に手をかけようとした。その時、松右衛門は駒若丸を抱え権四郎をなだめ、お筆を追い返した。お筆は松右衛門の顔を見て驚き、彼に従って去っていった。

そして松右衛門は思いもよらないことを語り始めた。

「実は松右衛門とは仮の名。本当は樋口兼光…木曽義仲公と共に討死にするつもりが、別々に行動していたため自分は生き長らえてしまった。義経を討ち義仲の恨みを晴らすために、船頭としてその軍に紛れ込むつもりだった…。」
権四郎とおよしはあっけに取られた。
「そしてこの子供は義仲のわすれがたみ駒若丸。自分から見て義理の子供の槌松が駒若丸の身代わりになったのは、主君義仲に忠義を果たした事と同じ事」と感謝の言葉を述べる。
割り切れない気持ちを抱えながら駒若丸を囲む3人。
そこに船頭仲間が松右衛門を「逆櫓の稽古をつけてくれ」と呼びに来て、松右衛門は出掛けていく。
ところがいっしょに舟に乗った船頭仲間が松右衛門を襲う。どうやら樋口ということがばれたらしい。船頭達をけちらし襲い来る梶原の家来をなぎ倒す樋口。
そこに鎌倉がたの畠山重忠が権四郎を連れてやってくる。樋口は権四郎が裏切ったと思い、憤るが、実は義仲のわすれがたみではと疑いをかけられた駒若丸を救うためだった。
「この子供はおよしと前夫の子。松右衛門とはまったく血のつながりも無い」
そして樋口は自ら囚われの身になり、駒若丸を救う。

初出/木曽義仲の基礎知識 別冊「古典芸能」

義仲関連の中で比較的上演されることが多い演目です。最後の樋口と駒若丸とのやり取りは泣けます。逝き遅れた者は・・・ただ哀しい

木曽義仲の基礎知識/kaori-nishikawa1996